俺の島流しプロレス生活

新日本プロレスについての記事が主ですがインディー含めプロレス”界”について時にこってり話します。

飯塚高史の引退から考える様々な引退のカタチ|”不死鳥”ハヤブサの引退試合の特別席のチケットは手配しましたか?

こんにちは。

 

『NEW JAPAN ROAD ~飯塚高史引退記念大会~』終わりましたね。

 

まったくもって”いつも通り”に近い。最後にセレモニーらしいものもほとんど無い。このようなカタチの引退試合ってとても異例だと思いました(まぁ、そもそも飯塚高史自体が異例中の異例だったので当然ちゃあ当然ですが)

 

でも終わってみればこれでよかったと思える引退興行でしたね。会場のみなさんもとても楽しそうにされてました。ダイソーの鍋つかみをアイアンフィンガーフロムヘルに見立てているファンの方もたくさんいてましたねw。なんでも水道橋付近の100均ショップから銀色の鍋つかみが消えたとかなんとか…。

 

 

 

さてこれからの飯塚はどう生活するのでしょうか?新日本プロレスに残るのか?残ったとしてどういう役職があるのか笑?

 

私的には”飯塚孝之”として解説席にしれっと座ってるのが見て見たいですね。山ちゃんとのW解説で。

 

引退後、”飯塚孝之”に『戻る』までのアナザーストーリーがあればなおヨシです。天山にはまだまだ仕事が残っていますね!!

 

そもそも『戻る戻らない』ってなんやねんって途中から思ってましたw。プロレスファンはみんな麻痺してますよね。最高ですよホント。

 

この一月ほどの一連の流れは近年の新日本プロレスの中でも屈指の名作になったのでは無いでしょうか?ぜひストーリーをまとめた総集編を作っていただきたいですね!

 

  


 

プロレスラーの引退の様々

 

さて、今回の飯塚高史の例で言いましたが偏に引退と言っても様々なカタチが存在します。

 

プロレス界において引退試合/引退興行は最後の花道として一つのイベントとなることが多いです。

 

2013年5.11に行われた小橋建太引退興行には日本武道館に17000人超満員札止めの観衆が詰め掛けました(対戦カードは小橋建太&秋山準&武藤敬司&佐々木健介vsKENTA&潮崎豪&金丸義信&マイバッハ谷口)

 

これから先、プロレスラーの引退興行がこの規模のイベントになることはもう無いんじゃないかなと思うくらいの熱気でした。

 

小橋の場合は”別格”としても、ある程度キャリア/実績を重ねたプロレスラーの引退の場合、皆 引退試合、そして引退セレモニーを行います。場所は後楽園ホールが多いイメージですね。

 

ここ最近ではスーパー・ストロング・マシンが引退試合は行わずに引退セレモニーのみを行うというパターンでした。井上亘ミラノコレクションA.Tもそうでしたね。

 

このセレモニーのみのパターンというのは怪我でリハビリを続けていたがドクターストップなどの理由で断念する という形になります。

 

仕方のないこととは言え、最後に試合を行えないというのは本人にとってもファンにとっても少し心残りがある形にはなってしまいますね。

 

引退セレモニーの内容は『10カウントゴング』と呼ばれるものがメインになります。

引退するレスラーがリング中央で前手を組み目を瞑る。そしてゴングがゆっくりを10回鳴り終わるのを静かに待つ。※10カウントの理由はボクシングのダウンカウント10に由来するという説が有力です。

 

その後リングアナが「〇〇センチ、××キロ、レスラーの名前〜!!」の最後のコールとともに大量の紙テープ投げ入れがされる というのが一つのフォーマットとなっています。

 

飯塚引退の際に鈴木みのるがカンカンやっていたのはその10カウントをセルフでやっていたんですね。実にボスらしい。

 

 

プロレスラーにとっては最後の晴れ舞台。プロレスラーであった証を証明する一つの大切な場所でもあります。

 

 

残念ながらそのセレモニーを行わないまま引退してしまうプロレスラーもいます。

 

近年でもヤングライオンはじめ若手選手が引退する際は公式サイトでの発表のみという形が多いです。

志半ばで辞めてしまうのは本人も悔しいのでしょう、本人の意向でセレモニーは行わない と発表されることが多いです。

 

 

そしてもう一つ、選手が亡くなられる場合です。

 

お楽しみはこれからだ!!不死鳥の復帰戦と引退試合

 

私が生涯でもっとも好きだったプロレスラー、ハヤブサ選手もその一人です(普段プロレスラーの方々の敬称は略させていただいてますが、ハヤブサ選手は特別とさせていただきます)

 

試合中の事故、具体的にはリング内へのラ・ブファドーラ(ライオンサルト)を足を滑らせてしまい首から落下し、頚椎損傷の重症を負っての欠場が続いておりました。

 

車イスでの生活が続き、当初は日常生活もままならないほどでしたが懸命なリハビリを続け、補助なしで立ち上がることもできるほどになりました。

 

前述の小橋引退興行の時にも開会宣言を務めてくれたのがハヤブサ選手でした。

 

正直なところ、怪我をして1〜2年はもう復帰は無理なのかな なんて思ったりもしました。

しかし、その回復ぶりを見てるとこれはそう遠くない将来、リングでハヤブサ選手が見られる日が来るんじゃないかと思えるようになったのです。

 

私は誓いました。「何年後かはわからないけど何があっても何処であってもハヤブサ選手の復帰戦は観に行こう!!」と。

 

それは叶うことはありませんでした。

 

2016年3月3日。ハヤブサ選手はこの世を旅立ってしまいました。

 

死因はくも膜下出血。47歳の若さでした。

 

 

ハヤブサ選手の復帰戦は見ることができませんでした。と、同時に引退試合も見ることのないままになっています。

 

でも いつか見るときは必ず来ます。必ず。

 

特別席のチケットはすでに手配はしてあるんですが、、、いつかはわかりませんが、その時までは現役でいて下さい。

 

 

ハヤブサ選手の決め台詞「お楽しみはこれからだ!!」ってやつです。

 

 

ではまた書きますね。

妻が三たび入院することに。もう大丈夫かなーと思ってたんですがお義母さんに「大事な時なんだから油断しないで」と怒られてしまいまして。。反省です。

 

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